神経へのダメージ
下の顎の骨の中には下歯槽神経という歯や唇へと繋がる神経があります。親知らずを抜く際に歯に繋がった下歯槽神経が引っ張られて神経にダメージを受けると下唇が痺れたり感覚がなくなったりといった症状が出る事があります。
親知らずの位置による下歯槽神経への影響の違い
I. 下歯槽神経との距離が遠い場合
親知らずが下歯槽神経と距離的に遠い場合は下歯槽神経への影響が出る確率が比較的低いです。
II. 下歯槽神経との距離が近いが神経との間に骨の壁がある
親知らずと下歯槽神経の距離が近いものの神経との間に骨の壁がある場合は親知らずを抜く際に下歯槽神経を引っ張る可能性が下がります。下歯槽神経との距離が遠い場合よりも下歯槽神経への影響が出る可能性は高いですが下歯槽神経にダイレクトに影響を及ぼす可能性が骨の壁のおかげでさがっています。
III. 下歯槽神経と親知らずが直接繋がっている場合
親知らずが下歯槽神経と直接繋がっている場合は抜歯の際に神経を引っ張ってしまったり親知らずの根っこ自体が神経を抱え込んでる可能性が高まります。親知らずが下歯槽神経と繋がっている可能性が高いと判断された場合は抜歯方法をよく検討する必要がある事もあります。
下顎の骨の中には下歯槽管という神経と血管が通る空間が存在し、中には下歯槽神経と下歯槽動静脈が通っています。下歯槽神経は下顎の骨の中を通りそれぞれの歯への神経へと繋がり、さらには下唇へと分布していきます。
この下歯槽神経は運動神経ではなく知覚神経のため、下唇周囲の感覚を司っています。下顎の親知らずは時に歯の根である歯根の先端が下歯槽管の中に飛び出ていたり接していたりする事があります。
そのため、下歯槽神経のすぐ近くに親知らずの歯根がある場合は親知らずを抜く時に歯根が下歯槽神経を引っ張ったり刺激を加えたりする事があります。影響を受けた下歯槽神経の影響の程度は様々で唇の感覚が鈍くなったり、感じられなくなったり痺れた感じが残る事があります。
親知らずを抜いた際に下歯槽神経がダメージを受ける確率は親知らずの位置や状態に大きく影響を受けますが0.3%から最大でおおよそ20%と幅があります。下歯槽神経への影響を受ける可能性が低いと術前診断された場合は確率が0.3%、下歯槽神経への影響を受ける可能性が非常に高いと術前診断された場合は20%の確率と考えると想像しやすいと思います。
下歯槽神経への影響の可能性は親知らずの埋まり方や生えている方向、深さ、親知らずの歯根と下歯槽管への交通の有無が大きく影響します。神経損傷が出た場合は複合ビタミンB製剤、ATP製剤などの服用が行われる事がありますが、永続的に神経のダメージが残る確率はおおよそ1〜4%とされています。
下歯槽神経への影響で下唇の知覚異常は下歯槽神経の直接的な損傷によって起きる場合と、抜歯後に浮腫などが原因で神経が圧迫されて起きる場合がありますが、神経が圧迫されて症状が出ている場合は時間の経過と共に比較的症状が軽快する事があります。
埋まっている位置が深く歯根と下歯槽管が交通している可能性が高い親知らず。抜歯による下歯槽神経へのダメージのリスクが高いと判断されます。
参考文献
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6) Which risk factors are associated with neurosensory deficits of inferior alveolar nerve after mandibular third molar extraction? Kim JW. et al. J Oral Maxillofac Surg. 2012.
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親知らずの位置による下歯槽神経への影響の違い
I.歯根が下歯槽管と離れている状態
親知らずの歯根の先端と下歯槽管の距離が十分離れていている状態です。レントゲン写真で歯根の先端が下歯槽管の少し近くにあっても歯根膜と下歯槽管の壁がしっかりとレントゲンに写っていれば下歯槽管とは離れている状態と言えます。
親知らずの歯根が下歯槽管から離れています。親知らずの歯根膜も下歯槽管の壁もしっかり写っています。
II.歯根が下歯槽管とレントゲン上重なっているが下歯槽管とは交通していない状態
親知らずの歯根の先端が下歯槽管の位置に接している、もしくは重なっているものの下歯槽管とは交通していない状態です。レントゲン写真は2次元的に写るため、下歯槽管に接していたり重なっていても見た目上そう見えるだけで3次元的には歯根と下歯槽管が接していない事もよくあります。
歯根膜がしっかり写っていたり、歯根の周りの硬線とよばれる骨の壁のようなものが見える場合、下歯槽管の管壁の骨がしっかり見えていたり下歯槽管の走行が乱れていない場合は見た目上で重なっているように見えても実際には歯根と下歯槽管が交通していない事がしばしばあります。
親知らずの歯根が下歯槽管と重なって見えるが歯根膜の連続性も下歯槽管の骨壁も確認できます。下歯槽管の走行も乱れておらず親知らずの歯根は下歯槽管と交通していない可能性があります。
III.歯根が下歯槽管と交通している状態
親知らずの歯根が下歯槽管と完全に交通している状態です。交通しているにとどまらず歯根が下歯槽管の中に入り込んで神経を抱え込んでいる場合もあります。このような状態では歯根の歯根膜が途中で途切れていたり、下歯槽管の管壁の骨が途切れていたり走行が乱れているなど様々なレントゲン像が確認されます。
時には横になった親知らずの歯根だけでなく歯冠も下歯槽管に接している事があります。レントゲン上で下歯槽管の管壁の骨が途切れている事が確認された場合は管壁の途切れがない場合に比べて抜歯の際に下歯槽神経に影響が出る可能性が3倍以上に上がるとされています。
さらに抜歯後に実際に下歯槽管への交通が目視で確認された場合は確認されなかった場合に比べて下歯槽神経へ影響が出る可能性が15倍に上がるとされます。
このような時には下歯槽管からのびて親知らずの歯根へと分布する神経が抜歯の際に引っ張られて抜歯後に下歯槽神経に影響が出る事があります。
下歯槽管の走行が乱れ歯根膜も下歯槽管の骨壁も不明瞭になっており親知らずの歯根が下歯槽管と交通している可能性があります。
参考文献
1) The relative risk of neurosensory deficit following removal of mandibular third molar teeth: the influence of radiography and surgical technique. Smith WP. Oral Surg Oral Med Oral Pathol Oral Radiol. 2013.
2) Multivariate relationships among risk factors and hypoesthesia of the lower lip after extraction of the mandibular third molar. Hasegawa T. Oral Surg Oral Med Oral Pathol Oral Radiol Endod. 2011.
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